日々

インスタグラムに綴るにはなんかあれ

白いマーガレット


私の気に入っているバーのカウンターテーブルには その時々に生き生きとした花が洒落た花瓶に生けられていて つい先日サングリアを飲みに行った時は白いマーガレットがあった.隣に座っていたスーツの男が「マーガレットの花言葉は優しさなんだよ」と静かな店内で声を上げていたが あまりにも軽率だったもので思わずプッと笑ってしまった.優しさってなんだよ 広範囲すぎだろ.

マーガレットの花言葉は真実の愛 花占いで用いられるのはこういう意味.それくらい小学生でもわかる.呆れてグラスに残っていたサングリアを一気に飲み干す.

 


花占いね

私は昔から花占いというものが苦手だ.すき きらい すき そんなこと花びらを数えなくとも 好きなものは好きだし 嫌いなものは嫌い.こうやって幻想を抱かないつまらない人間であるから こうもひとりでバーにひとり酒を飲みに来るのかもしれない.

 


まあ時間も余裕があるし 精神的にも余裕がある夜だった テーブルの上にある純真な色のマーガレットを さすがに花びらを散らしていくのは不躾なので指で数えることにした.

 


きらい・すき・きらい・すき・きらい...どうも”きらい”から始めてしまう卑屈な本能に自分でも呆れる.きらい・すき...そして最後には一枚 すきの花びらが残る.すき.ふぅんとアルコールの混じったぬるいため息をつく.もうひとつ もうひとつと別のマーガレットを数えてみても 最後にはすきの花びらが残るのだ.なんとも不思議な夜だ.幻想を抱かない私でも きっと何かを すき なのかもしれない.得体の知れない感覚が気管を熱くする.

 


追加で頼んだウイスキーを口に含んでいるうちに だんだんとこのマーガレットに腹が立ってっきた.なんだよ真実の愛って.真実なんて晒すべきではないんだ.とここで三島由紀夫を思い出す.

 

 

 

どんなに醜悪であろうと,自分の真実の姿を告白して,それによって真実の姿をみとめてもらい,あわよくば真実の姿のままで愛してもらおうなどと考えるのは,甘い考えで,人生をなめかかった考えです.

 


これは三島由紀夫の不道徳教育論という本の中の一節で 大学一年生の時にこの文章をひどく憎んだことを私は今でも忘れられない.これを読んだ日の夜 人間は嘘偽りの中で ひたすらもがきながら生きていかねばならないと悟った.悲しいけれども この考えが間違っていると言い放つことができなかったし言い放つ気力さえ湧かなかった.

 

晒すべきではない真実の愛

それでも私は1mmくらいこの甘い考えをもって生きている