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日々

インスタグラムに綴るにはなんかあれ

私の愛する路上ミュージシャン

深夜3時、

 

デビュー前のゆずが路上で「てっぺん」という曲を歌っている映像をみて、私は泣いた。

 

 

 

私はようやく、この彼らと同じ年齢になった。

 

 

 

 

 

 

私が、ゆずを初めて聞いたのは確か小学4年生の頃、自分のミュージックプレイヤーに父がゆずの曲をいくつか入れてくれたことがきっかけだった。当時、私が持っていたミュージックプレイヤーは、再生中の曲名とアーティスト名のみが文字で表示されるという簡素なものだったので、ゆずというアーティストが何人組でどのような経歴の人たちなのか、知る由もなかった。ただイヤフォンを通して伝わるアコースティックギターのサウンドとどこまでも真っ直ぐな声が心地良かった。「サヨナラバス」「センチメンタル」「夏色」まだ10歳程度の私は、歌詞の意味など到底理解に及ばないのだが、とにかく聞いた。何回も何回も、それだけが楽しかった。

 

中学生になって、ゆずがデュオだと知った頃、私は父が持っていたあまり音色が綺麗とはいえないアコースティックギターを触り始めた。ゆずに少しでも近づきたかった。弦をおさえることは難しく、バッティンググローブを左手につけて弾いた。あの時はまだ、ギターの歌詞コードのサイトが豊富ではなかったので、自分で音を文字に起こして紙に書いて、弾いた。

 

中学3年生の春、私は初めてゆずのライブに行った。

ちょうど東日本大震災の発生から1ヶ月ほど経ったときで、あの時彼らが歌った「雨と泪」と「濃」が今でも忘れられない。

 

高校生になって、流行りのバンドなどに耳を少し傾けながらも、ゆずを弾いた。この頃から、私は年を越す前に必ず「嗚呼、青春の日々」を聞くようになったし、この曲を自分の一生の曲とした。横浜アリーナで、彼らが私の目の前でこの曲を熱唱するのを聞いて、涙した。高校3年生の夏、周りが受験勉強に励む中でも、ライブへ行けばこの曲に涙した。この涙の理由は自分でも解らないが、どうやら身体が勝手にそうなるらしい。彼らにはそれだけの輝きがあって、エネルギーがあって、優しさがあった。

 

 

ゆずを聞き始めて、十年が経つ。

私の人生の半分だ。

 

 

ゆずがデビューしたのは彼らが21歳のときで、私は今20歳で、彼らは一生懸命音楽に向き合っていて、私はアイフォーンの画面をぼんやり眺めている。

 

 

 

 

私が好きな曲のひとつ、「てっぺん」はゆずがデビューする前々から歌い続けていた曲だ。この曲には、ふたりの学歴コンプだったり、音楽の道への強い意志だったりが歌われている。そんな中で、この一節が耳に焼き付く。

 

 

“人を愛すること 意味がわからなくて

それが知りたくて 立ち止まる今日の昼下がり”

 

 

二十歳そこそこの彼らが歌っていたこの歌詞は、二十歳そこそこの私の心を震わせた。

 

現在の彼らは“これ”がもう分かったのだろうか、私にはこの歌詞通りに、まだ意味がわからないし、知りたいと思うよ。

 

そんなこんなで二十歳、何か一つでも自信を持って日々を過ごしたという誇りが欲しい。そんなことを思う、夜更けである。